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【今でしょ講座】日本の食を変えた発明品BEST20がめちゃくちゃ勉強になった!

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今回(7月30日)の「林修の今でしょ!講座」は新企画として「夏の特別講座3時間SP」でした。

林先生の番組はいつも勉強になりますが、今でしょ講座は林先生以外のスペシャリストが出てくるからすごく面白いですよね。

今回の「日本の食を変えたスゴい発明品BEST20」は、日本で発明され食卓や食生活、食文化を大きく変えた食品についてでした。食の歴史や海外での取り扱い方などもすごい勉強になりました!!

しかも、仮面ライダージオウとのコラボでキーワードを発表してた!ちなみにキーワードは「はつめいか」です。

雑学なども含めBEST20をまとめてみました。

【今でしょ講座】20位:ヤクルト

1935年(昭和10年)に発明された、理科の先生たちがこぞって絶賛するという乳酸菌飲料の「ヤクルト」。現在では世界の39の国と地域に1日4000万本発売されているんだって(´▽`*)すごい!

ヤクルトの創始者は代田稔博士。当時は衛生環境も悪く感染症で命を落とす子も多く、「どうにか未然に病気を防げないか」と研究し始めたんだそう。体が悪くなってから治す「治療医療」は大事ですが、病気にならないようにしようという「予防医学」を世に広めたことがすごいんだそう。

何がすごいかと言うと、「乳酸菌に目を付けた飲み物」だと工学院大学の山田昌治先生。昭和初期に乳酸菌を体に取り込んで、腸を元気にして病気を予防するという考え方は全くなかったと。

腸内で善玉菌が増えると、免疫力アップやコレステロール低下、肌トラブルの改善にも役立つんだそうです。

ヤクルトの乳酸菌は他の乳酸菌と違うんだって!それは「生きて腸に届く強い乳酸菌」。乳酸菌シロタ株。

なぜ胃酸に負けない乳酸菌ができたのか?

代田稔博士が乳酸菌飲料を作ろうと思った時に問題だったのが、乳酸菌が胃酸で死んでしまう事。

そこで代田博士は、胃酸と同じ成分を薄めた液体に乳酸菌を投入するという実験を行いました。多くの乳酸菌が死んでしまいましたが、わずかに生き残った菌があったのです。

その生き残った菌を培養し、少し濃くした胃酸の成分へ投入。徐々に胃酸の成分を濃くしていき人間の胃酸の近い状態に。このように胃酸に負けない乳酸菌だけを増やしていった結果、胃酸で死なないシロタ株が誕生したというわけです。

強い品種を作り強い品種と掛け合わせるという考え方が日本の食文化を支えているんですね。

世界でヒットしたのはなぜ?

ヤクルトは海外へ出て行くとき、最初は全く売れなかったんだそう。

それは、乳酸菌を英語にすると「Lactic Acid Bacteria(ラクティック アシッド バクテリア)」と言い、バクテリアと言う名前が海外では悪いイメージだったからなんだそう。

そこで行ったのが、日本ではなじみの「ヤクルトレディ」。

見ず知らずの飲み物をいきなり買うよりも、対面販売での説明などがきっかけで、一気に広がったんだそう。しかも、女性の社会進出の後押しにもなったんだそうですよ。

【今でしょ講座】19位:ガリガリ君(ソーダ味)

1981年(昭和56年)に発売された、アイスの色のイメージを定着させたというガリガリ君(ソーダ味)。「ソーダ味=青色」のイメージは日本だけなんだって!海外では透明や茶色なんだそう。

ガリガリ君はなぜソーダ味を青色にしたのか?

ソーダ味の青色は、外で元気に遊んでいる子たちに食べてもらいたいという思いから、青い空と海をイメージしたんだそう。

着色は自然のもので、スピルリナ、紅花、クチナシ。昔、ブルーグリーンアルジーと聞いたことがありましたが、スピルリナだったのか!?と勉強になりました(´▽`*)

林先生はスタジオで「初めて食べる」と言っていましたよ( *´艸`)ちょっとかわいかった。

また、かき氷を片手で食べられるように発明されたのが、かき氷をアイスでコーティングするという技術。凍らせた型にアイスの元を入れ急速に固め、まだ固まっていないアイスを吸い取りそこにかき氷を入れるという2層構造。

【今でしょ講座】18位:お茶漬け海苔

1952年(昭和27年)に誕生した、お湯をかけるだけで冷えたごはんがおいしく生き返る永谷園のお茶漬け海苔。当時は今のように保温する機械もなく、時間が経つと冷えて硬くなってしまうご飯だったんだそう。

1日に60万食作られているというお茶漬け海苔は、20か国以上の国や地域にも輸出されているそうです。

お茶漬け海苔の具材は、海苔、あられ、緑の粒という3種類のみ。たったこれだけでおいしく食べられる工夫がされていました。

お茶漬け海苔の緑の粒の正体とは

お茶漬け海苔の緑色の粒の正体は「調味玉」と言って、お茶漬けの味のベースになるもの。その中身は、抹茶、昆布粉、塩、砂糖など。数種類の材料を混ぜ合わせて1つの粒にしているんですね。

粉のままだと湿気を吸って均一に包装できないから。そのため顆粒にして味も均一にしているんだそうです。

実はお茶漬け海苔の中に入っている「あられ」の効果もすごい。昔は包装するときに密閉度が高くなかったんだそう。その時に「あられ」が湿気を抑える乾燥剤に近い役割があったんだそうです。パリパリの食感がおしいですよね。

地理の村瀬先生が教えてくれました。

永谷園のお茶漬け。永谷園のルーツをさかのぼっていくと、江戸時代になるんだそう。永谷園の創業の父と言うべき人が、永谷宗七郎(永谷宗円)さん。

江戸時代に一般庶民が飲んでいたお茶は、赤黒くて香りもなくて、おいしいものではなかった。緑色で香りの高い現在の煎茶を宗円さんが発明したんだそう。

(※諸説あり)

もう一つ、お茶屋さんに全く違う商品の海苔が一緒に売っている理由も教えてくれました。

お茶と海苔の関係。それは、お茶も海苔も湿気に弱く、管理法が同じで扱いやすいということ。さらに、お茶と海苔の収穫時期も異なり、1年中商売ができることから一緒に売られるようになったそうです。

【今でしょ講座】17位:こんにゃく

刺身にしても煮物にしてもおいしいヘルシーなこんにゃく。ダイエットに期待できると世界でもブームなんだとか。こんにゃくの原料は「こんにゃく芋」。両手に乗るくらい大ききくなるには3年もの歳月がかかるんだそう。

そんなこんにゃく芋は、低温に弱く腐りやすいため、保存がきかない食材なんだそう。

1年中保存できるようになったのは乾燥し粉末化したから。

こんにゃく芋を乾燥し粉末にしたのは江戸時代。出来上がるのは白い粉末ですが、こんにゃくは黒いですよね。あえて黒くしているんだそう。

こんにゃくを黒くするために入れているものは「ひじきなどの海藻」。その海藻を粉末にしてこんにゃく芋の粉末と混ぜているんだそうです。

【今でしょ講座】16位:インスタントコーヒー

1899年(明治32年)に発明され、お湯をかけるだけで本格的なコーヒーが楽しめるインスタントコーヒー。海外で発明されたと思われているそうですが、日本人による発明なんですね。

そんなインスタントコーヒーは、実は失敗から生まれたものなんだそう。発明したのは、アメリカを舞台に活躍していた科学者、加藤サトリ博士。

加糖サトリ博士は、もともと緑茶を粉末にするお茶の研究していたそう。なかなかうまくいかない時に、コーヒーでやってみようと実験したところ、お茶よりも先にコーヒーの粉末化に成功したんだそうです。

日本でインスタントコーヒーが広まったのは1970年代。

1970年に、CMや広告の影響で一気に一般の食卓に広がったというインスタントコーヒー。

「新聞、トースト、ネスカフェ」

という、ネスレのCMで、トーストが日本の朝食に広まったんだそうです。確かに、コーヒーにはご飯よりパンの方が合いますよね(´▽`*)

【今でしょ講座】15位:かまぼこ

1115年(平安時代)頃に発明されたというかまぼこ。この発明で魚を無駄なく保存できるようになったんだそうです。

種類が豊富なかまぼこですが、世界で大人気なのが「カニカマ」。世界のスーパーでは「SURIMI」という名前でカニカマが置かれているんだそう。

カニカマが世界で人気なわけ。

カニカマの材料は、魚の冷凍する身に卵白を練り合わせたもの。着色にはトマトやパプリカの天然色素を使用していて、低脂肪で高たんぱく。

ヘルシーなカニカマはダイエットにはもちろん、筋肉を作るのに高たんぱくも豊富なので、海外では若い人からお年寄りまでよいんだそう。



【今でしょ講座】14位:まいたけの栽培技術

まいたけは「幻のきのこ」もと呼ばれ、30年以上前は1キロ1万円以上で取引されていたこともあるそうです。まいたけは漢字で「舞茸」。見つけた人が舞い踊ったことが由来なんだそうです(※諸説あり)

まいたけは雑菌に弱く栽培が難しく、シイタケのように屋外で大量栽培ができなかったそう。そこで考えられたのが、1983年(昭和58年)に誕生したまいたけの栽培技術。

それは室内で栽培すること。

部屋の環境は、温度、湿度、光、風邪をコントロールして、山間の環境を模して調整しているんだそう。木漏れ日や霧なども再現。天候に左右されず70日で収穫できるんだそうです。

【今でしょ講座】13位:しょうゆ

1254年(鎌倉時代)頃には発明された醤油。庶民に普及したのは江戸時代。製造法の進化と共に、一大産地が今の千葉県野田市にできたことで江戸に一気に広がったんだそう。

醤油の発明があったから江戸時代に寿司、うなぎ、天ぷら、そばが生まれたんだそう。

お寿司はそれまで、魚を発酵させた「なれ鮨」が一般的でしたが、しょうゆが普及することで握り寿司が主役になり、江戸前寿司が誕生。

ウナギのかば焼きも、醤油と同時に普及したんだそう。天ぷらや蕎麦のつゆも、醤油の普及で食べられるようになったそうです。

林先生曰く、「キッコーマンの売り上げは国内より海外の方が多い」とのこと。2018年のキッコーマンの売り上げは、海外58%、国内42%。

しょうゆの発明は偶然の産物!

鎌倉時代の僧侶、心地覚心は、中国へ行って禅宗を学び、現在の金山寺味噌を日本に持ち帰ったんだそう。

金山寺味噌を和歌山県で作っているうちに味噌樽から液体が垂れていることに気づき、舐めてみたらおいしかった。金山寺味噌の副産物としてしょうゆができた。ということなんだそう。

※諸説あり

【今でしょ講座】12位:味の素

1909年(明治42年)に発売された「味の素」は、5つ目の味覚「うま味」を作った大発明品。

日本10大発明家の一人、池田菊苗博士。湯豆腐を食べているとき、おいしいけど表現できない昆布だしの味に疑問に思ったところから始まります。研究をした結果、昆布だしから出る、旨いと感じる成分は「グルタミン酸」だとつきとめました。

この発見で、人間の舌で感じる味覚が、甘味、苦味、酸味、塩味の他に、うま味も感じられることが分かったそう。

ちょっと関係ないですが、最近、脂の味を感じる「脂肪味」が第六の味覚としてあるだろうという研究が発表されてましたね。

んで、味の素。今では世界共通の言語「UMAMI」として100以上の国や地域で発売されているそうです。

味の素は何からできてるのか。

実は味の素の原料は、昆布ではなく「サトウキビ」です。

現在では「発酵法」といって、微生物を使い作ってるんだとか。昆布から抽出していたグルタミン酸ですが、実はサトウキビの糖を微生物に発酵させることでグルタミン酸を抽出されることが分かったんだそう。

【今でしょ講座】11位:さとうのご飯

1988年(昭和63年)に発売されたサトウのごはん。震災の時に非常に重宝されるんだそうです。そんなサトウのごはんの保存期間は10カ月。しかも常温で!

ご飯が傷む原因は、水分が多く菌が繁殖ししやすいから。サトウのごはんは、ご飯を炊く前に超高温スチームの熱の力で瞬間殺菌しているんだそうです。無菌近くになったお米だけを炊いてるんだって(´▽`*)すごい!

パックにも長期保存を可能にした秘密がありました!

サトウのごはんのパックの断面にあるのが「鉄の粉」。

鉄は酸素と結合しやすい性質で、この鉄の粉がパック内の酸素と結合することで菌が繁殖しにくい環境になるそう。

【今でしょ講座】10位:ミツカンのお酢(粕酢)

お酢は昔からあったもので、鎌倉時代の武士の代表的なおかずだったんだって(´▽`*)お酢をなめながらご飯を食べていたんだそう。

1804年(江戸時代後期)に発明されたミツカンのお酢は、江戸で米酢が不足していたため、余っていた酒粕から作られたもの

ミツカンのお酢を発明したのは、ミツカンの商業者、初代中野又左衛門。又左衛門はもともと酒造りを生業としていたのですが、酒造りも不況で、1804年に江戸にマーケティングリサーチのために行ったんだそう。

そこで出会ったのがお寿司。

当時のお寿司は木箱で押し固める押しずしが定番でしたが、屋台での飲食が流行っていた江戸では、手軽に食べられる握りずしが生まれようとしていたタイミング。

お寿司に使われていた米酢は、染め物などにも使われていたので不足気味だったそう。

そこで又左衛門が考えたのが、酒粕から酒粕酢を作るという事。「酒造りで余る酒粕を使えば米の代わりにたくさん酢を作れるのでは」

寿司の普及と共に江戸で大ヒットになったというわけです。

流行りものをキャッチする力世の中のニーズをつかまえるその中で自分のできることを最大限に生かす

と、歴史の本郷和人先生。昔も今も同じなんですね(。-∀-)

【今でしょ講座】9位:パンの缶詰

1996年(平成8年)に発売された街のパン屋さんが開発したパンの缶詰は、賞味期限が3年で、3年間もフワフワが続くとのこと。

パンの缶詰を発明したのは秋元義彦さん。発売される前年に起こった阪神淡路大震災を見て、被災者のために役立つパンの開発を開始。今では非常食を代表するまでになっています。

全て手作業で作ってるんだって(´▽`*)すごい!

なんで3年間もフワフワなのか。

その作り方はいたってシンプル。缶詰にパン生地を入れ、自然発酵させたら缶詰ごとパンをオーブンで焼きます。

パンは水分が含まれるため、缶詰の中で水分が多いとカビてしまいます。反対に水分が少ないとカチカチに硬くなってしまいます。

そこで入れるのが特殊な紙。紙がパンの水分を均等に程よく吸い、缶詰の中の水分を一定に保つことができるそう。平均的に水分を蒸らすことができるんだそうです。

焼き上がった後はすぐに密閉し、無菌、無酸素状態を保つことで3年後もフワフワなんだそう。

現在、食糧難に苦しむ人たちに無料で送る「救缶鳥(きゅうかんちょう)プロジェクト」という支援活動も展開しているそうです。

【今でしょ講座】8位:サラダチキン

2001年(平成13年)に発売された、鳥の胸肉を加工したサラダチキン。胸肉はもも肉よりもタンパク質が豊富なんだそう。

サラダチキンは、肉と調味料を一緒に、真空になる機械に入れて作られています。真空状態になることで肉が膨張し、そのときに調味料が肉の仲間で浸透するんだそうです。

肉業界ではパサパサする胸肉は敬遠されがちだったんだとか。

パサパサにならないために行っているのが、水蒸気を使ったスチームオーブンで焼くこと。スチームオーブンを使うことで、中はジューシーになるそうです。



【今でしょ講座】7位:コシヒカリ

1944年(昭和19年)に新潟で開発が始まったコシヒカリ。日本で一番作られているお米です

新潟県のコシヒカリがおいしい理由ですが、雪解け水が流れてくることによって山の栄養の水も流れてくる。そのためおいしいお米ができるんだそう。

日本で2番目に多く作られているのが「ひとめぼれ」。3番目に多く作られているのは「ヒノヒカリ」。この2つはコシヒカリの子供なんだって(´▽`*)知らなかった!

コシヒカリの誕生秘話。

1944年、新潟県の農業試験場の方が美味しいお米を求めて稲の交配を開始。しかし、当時は終戦間際で食糧難の時代。だからこそ、味は二の次で大量に収穫できる品種が求められたんだそう。

当時は戦時中で、若い男性職員は出兵しているため労働力が足らなかった。戦後、新潟県の苗を福井の試験場へ持って行き試験的に栽培。しかし、福井で自然災害が起こってしまい、試験は中断されてしまいます。

当時のコシヒカリは病気に弱く、稲が高くなりやすく倒れやすかったそう。災害にも弱かったんですね。

しかし、福井の試験場のある一人の方が、「これは残してほしい」と頼んだんだそう。それは、味が良かったから。

日本のお米=おいしい」という常識を作ったのがコシヒカリなんですね(´▽`*)。

【今でしょ講座】6位:ふえるわかめちゃん

1976年(昭和51年)発売のふえるわかめちゃん。当時、わかめのほとんどはみそ汁の具にしか使われていませんでした。それは腐りやすいから。しかし、ふえるわかめちゃんの発明でわかめ料理が増えたそうです。

ふえるわかめを作ったのは日本トップレベルの科学技術を持つ「理研ビタミン」。現在の理化学研究所です。

ふえるわかめちゃんの原料は、三陸わかめを湯通ししたもの。

そのままでは砂や異物がついているのですが、工場では大きなふるいのような機械で回転させ取り除きます。さらに、ふるいで都営覗けなかった細かい砂などを巨大マシンで洗い流します。

徹底的に洗うことで家でそのまま食べられるんだそうです。

洗い終わったわかめは回転しながら乾燥されます。回転することでわかめが重ならず丸まるんだそう。ふえるわかめちゃんの乾燥方法のヒントになったのは「お茶」。

確かに、お茶っ葉はお湯で広がりますよね(。-∀-)

カールさせることで表面積が増え、早く水で戻せるんだそうです。

【今でしょ講座】5位:コンビニおにぎり

1978年(昭和53年)にセブンイレブンで登場したコンビニおにぎり。発祥は長野県のお総菜屋さんなんだって(´▽`*)

ポリ袋にご飯を入れて握れば手を汚さないで済む。その上から海苔をまく。さらにポリ袋で包む。

三角形になっている角の部分をはさみで切ることで中のポリ袋を引っ張り出せ、手を汚さずに海苔がおにぎりに巻き付くという仕組み。

そう言えば、と思い出しました。昔は中の袋を引っ張ってたわ!

【今でしょ講座】4位:ポカリスエット

1980年(昭和55年)に発明されたポカリスエット。スエット(SWEAT)は失った汗の成分を補給するという意味で、ポカリ(POCARI)には特に意味はなく響きの良さでつけたんだそう。

私もポカリスエットは大助かりしてます!旅には絶対ポカリスエット粉末!!

「熱中症」という常識を世に広めたのはポカリスエットなんだそう。同時に3000万本の無料配布など、正しい水分補給の知識を広める活動も始めたんだとか。

こんな新しい概念の商品は、一は誰も買わない。それを見越しての3000万本(´▽`*)すごい!

ポカリスエットの誕生秘話。

ポカリスエットを作っている会社は大塚製薬。

なぜ大塚製薬が薬とは関係に飲み物を作るようになったかと言うと、大塚製薬の研究員が病院で手術後の医師が水分補給のため「点滴」を飲んでいたからなんだそう。

点滴液は体液に近く、汗をかいて失われるのは体液。だったら、失われた汗の成分を手軽に補給できる飲む点滴を作ろうというのがきっかけだったんですね。

人間の体は水だけではなくナトリウムなどのミネラルでできているので、水だけ飲むと体内のミネラルが薄くなり水分を吸収しなくなるんだそう。

つまり、水を飲んでいるのに脱水症状になってしまうんですね。ミネラルと水を飲むという発想がポカリスエットが初めてだったそうです。

持っている知識を別の分野でも生かすことができないかという発想が大事だと。確かに確かに。できそうでなかなかできないですけど、大事ですよね。

【今でしょ講座】3位:納豆

日本古来から伝わる発酵食品の納豆ですが、その誕生は色々な説があるんだそう。一つは縄文・弥生時代説。

納豆はもともと、大豆を笑で包んで発酵させたもの。縄文・弥生時代は、住居自体が竪穴で床にわらが敷かれていたんですね。わらを敷いた住居の中は暖かく、たまたまこぼしてしまった大豆がわらで包まれ出来たのが納豆。という1つの説。

江戸時代になると庶民の朝食の定番になった。しょうゆの普及で納豆が朝食の定番になったんだとか。

・・・いや、しょうゆすげえな!

【今でしょ講座】2位:ボンカレー

1968年(昭和43年)に誕生したボンカレー。ボンカレーのすごさは、包装技術や保存技術にもあるんだそう。発売当初の賞味期限はおよそ3ヶ月。当時、「3ヶ月も保存できるのはおかしい」という声も多かったんだとか。

現在の賞味期限は約1年。いやぁ。当たり前になってしまってますが、1年ってすごいですよね。何の疑問も持たずに封を開けますわ(。-∀-)

なぜこんなに長期保存ができるのか

レトルト食品は法律で保存料を使ってはいけないんだそう。保存料で長期保存ができるわけではないんですね。

医療機関で使われる点滴液の殺菌技術の応用。レトルト処理に適した温度や圧力を何度も試して応用しているんだそうです。

レトルトカレーの「レトルト」の意味は、圧力と熱を加えて殺菌する釜を指す言葉なんだそう。その釜を使用していることから「レトルト食品」という名前が付いたんだそうです。

釜の中では120度を超える高温で加圧・加熱殺菌しますが、袋が破裂しないよう、袋の外から圧力をかけコントロールしてるんだそう。

密封された袋を丸ごと殺菌するため長期保存が可能になったというわけなんですね。

レトルト食品は、120度で4分間の加圧・加熱殺菌が決められているそうです。この条件は、すべての微生物が失活するという条件なんだそう。

ボンカレーは、香辛料の強いカレーを使うことでレトルト臭を打ち消したんだそうです。

高温の殺菌をすることで、独特なニオイ成分が派生するんだって(´▽`*)そのニオイを消せるのがニオイの強いカレーだったんですね。

今ではレトルト臭をなくす秘密もあるんだそうです。

レトルト食品はお湯で温めますが、ボンカレーは2003年に電子レンジで調理できる袋を開発。
ここで使われているのが、温めた蒸気を逃がす「蒸気口」。

この蒸気口からは、蒸気だけではなくレトルト臭も抜けるようになっているそうです。

【今でしょ講座】1位:カップヌードル

1971年(昭和46年)に発売されたカップヌードル。今では世界の80以上の国や地域で販売されています。日清食品の創業者、安藤百福さんは、朝の連ドラ「まんぷく」のモデルになった人ですね。

携帯食と国の発展には関係があるんだって!

闘いの時に味噌を携帯していくようになった。一つのやり方としては「ずいき」と言って、縄のようなものに味噌を練り込み腰に巻き、それを味噌汁にして食べるという携帯食。

室町時代位までは、食糧は略奪がメインだったんだそう。戦国時代以降に食料を携帯するようになったんだとか。

カップヌードルが大ヒットになった意外な理由とは!

カップヌードルが発売されたとき、カップヌードル1つの値段は100円。(ちなみに袋麺のチキンラーメンは25円。)4倍以上もの価格にもかかわらずヒットになったんですね。

当時の日本は高度経済成長期で好景気に沸いていまいした。そして、当時のにほんじんは海外のものにものすごく関心が高かったと言います。

そんな日本人の心理をうまく表現できているのがカップヌードルなのでは。と。

ネーミングはラーメンではなく「ヌードル」。海外を意識したパッケージ。CMではアメリカンバイクに金髪の外国人。

当時の常識を打ち破って、若者に新たな驚きや食文化を根差すには大胆なCMだった。カップは西洋のお皿をモチーフに。

また、「中間保持構造」と言って、かっぷん中心で麺を固定する構造。かなり考えられているそうです。

麺は上下で密度が異なり、お湯を注ぐとカップの下にたまり密度の低い下の麺から湯戻りするという仕組み。均一に湯戻りするようになっているんですね。

これ、まんぷくでもやってましたね(´▽`*)

麺を一度蒸した後、スープに麺をくぐらせ染み込ませ味付けします。

味付けした麺を1人前にカットしていきます。その後、高温の油で揚げ乾燥させます(瞬間油熱乾燥法)。

150度~160度という高温の油で調理することで麺の中の水分が一気に蒸発し、水分が蒸発した部分には穴が開きます。これで湯戻りがしやすくなるんだそうです。

麺をカップに入れるときには、カップを逆さまにして被せて収納。麺を落とすと割れてしまうからなんだそう。

非常食としても非常に役立つそうです。

まとめ

今回の情報量はかなりのものでした。勉強になった!!

カップヌードルは朝の連ドラでやっていたので知っているものもありましたが、なんか、全部連ドラんありそうですよね(´▽`*)