先日、恵比寿ガーデンプレイス「ザ・ガーデンルーム」で行われた、【紫舟×落合陽一 “アトピーが治るアート”作品展示『Love Letter Project’18』】に行ったときに、落合陽一さんが「みんな違ってみんないい」とおっしゃっていて、久しぶりに金子みすゞさんの詩集を開いてみました。
私が金子みすゞさんを知ったのはCMで流れてきた言葉。ACのCMで使われていた「こだまでしょうか」です。
このCMで金子みすゞさんを知ったという人は多いのでは?
一緒に見ていた母が「これは金子みすゞね」と言ったことがきっかけで知りました。
私の母は文系の大学を出ていて脚本家になりたかったんだそう。まぁ、実際にはなれなかったんですが、金子みすゞは大学時代にかなり読んだんだそうです。
そんな母の話を聞いたのは私が二十歳も過ぎた頃。
この人(うちの母)にはもっと色々な引き出しがあるのでは!?と、もっと探ってみたくなった場面でもありました。
なぜなら家には床が抜けそうなほど本がありましたし、それどこで手に入るのよ!という本が捨てられもせず売られもせずに残っているからです。
そして、家にある金子みすゞさんの詩集は母のものです。
で、そんなことはちょっと関係なく置いておいて、金子みすゞさんの「みんな違ってみんないい」はなんだかほっこりします。
金子みすゞ「私と小鳥と鈴と」
私が両手を広げても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速くは走れない。私がからだをゆすっても、きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のように
たくさんな唄は知らないよ。鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。
これは落合陽一さんがポロっと「みんな違ってみんないい」と口にしたこの詩の一節。
落合さんが言っていたのは、考え方やもののとらえ方は人それぞれで、自分がいいというものがいい。という事でした。
この詩の中では「小鳥」「鈴」「私」との比較ですが、ポスターやCMもあるので、人と人との個人差みたいに感じてる人は多いと思います。
「みんな違ってみんないい」を良いと思うのは・・・。
「みんなちがってみんないい」というのを良いなと、「うんうんそうだよね」「そうでありたい」と皆そう思うと思うんです。
が、みんな違うけど、その違うどこか悪いところを探しているのでは?日本人は集団の中で皆と違うと「あの人なんか変じゃない?」ってなりがちなんじゃないか?とも思うわけです。
だからこそ「みんな違ってみんないい」を良いな。と思うのかもしれないと。
変な話、みんな違って当たり前じゃん。
って思ってたら、「みんな違ってみんないい」をこんなに良いよねって思わないのかなって。思ったんです。
まぁ、これは今までの歴史的なものや教育の違いもあるんでしょうとも思います。
小学生の時に、皆と違う答えだったりみんなと違う上履き履いてたら、ちょっと恥ずかしかった自分を思い出しました。
なんででしょうね。みんな一緒が良いっていう教育を受けていたのか、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」だったのか。
・・・「みんなちがって当たり前」って思えるように生きていきたい。
あ、違うな。書いてて「これ違うな」ってなりました。
「みんな違って当たり前」と「みんなちがってみんないい」は全然違うな。(独り解決)
星とたんぽぽ
青いお空の底ふかく、
海の小石のそのように、
夜がくるまで沈んでる、
昼のお星は眼に見えぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。散ってすがれたたんぽぽの、
瓦のすきに、だァまって、
春のくるまでかくれてる、
つよいその根は眼に見えぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。
目に見えないものにも思いをはせる。感謝する。なんだか優しさがにじみ出ている詩です。
私はこの詩をよんだとき、「ブラジルの皆さん聞こえますかぁ~」という、サバンナの八木さんのギャグを思い出してしまいました。
地球の裏側の一番遠い所にもいろんな人の生活があって、私が今寝ているときに働いている。
まぁ、ブラジルを思い出すとじゃっかんクレイジージャーニーのファベーラも思い出してしまうが・・・。
そんな色々な妄想をしてしまった。
そして、Googleマップのストリートビューを夜な夜な見るのであった。
花屋の爺さん
花屋の爺さん
花売りに、
お花は町でみな売れた。花屋の爺さん
さびしいな、
育てたお花がみな売れた。花屋の爺さん
日が暮れりゃ、
ぽっつり一人で小舎(こや)のなか。花屋の爺さん
夢に見る、
売ったお花のしやわせを。
私はこの詩が好きで、なんだかほっこりします。
淋しあもあるんですが、なんだか娘を嫁に出したお父さんの気持ちのような、淋しさよりも相手の幸せを祈る方が強いというか。
それが花だからなおさらほっこりしてしまう。
金子みすゞさんの詩にはたくさん自然が出てきます。
読んでいてもその風景を頭で描けるような詩です。
私は旅行に行くとふと思い出してしまう詩です。知らない花の名前や海の色や魚の大群、外国の食べ物の香り、そこで生活する人々、そんな場面に出くわしたときに心が豊かになるような詩。