心にぐっとくる言葉

中田英寿さんの考え方や言葉にぐっとくる

何日か前に、年末の録画に向けてHDDに録画した番組を整理していました。

で、そこに残っていた中にあったのが古館さんが司会を務める「トーキングフルーツ」という番組。

ゲストを招いて話をするという番組ですが、中田英寿さんの回は例外で2週に続けてでした。

「どうしようかな~。消そうかな。残そうかな。」って見たら、やっぱり良かった。というか、見たのにけっこう忘れちゃってるんですよね。

「古舘伊知郎×中田英寿」は、2018年の1月に放送されたものです。

っていうか、1年近く放置してたのかよ!って思ったらなんともズボラな私よ(; ・`д・´)

番組で紹介されてる中田英寿のプロフィール

・ミステリアス率100%男
・生き方ブレない率100%
・なんとなく生きてない度100%
・ストイック100%
・サッカー。旅。日本酒語らせたら100%
・口癖は「逆に言うと」
・いやみゼロ

中田英寿さんの魅力や考え方、生き様など、完全攻略できるかどうかは古舘さん次第。という番組の冒頭。

これだけ見てもなんとも魅力的な男です。

中田英寿がサッカーを引退したわけ

古舘さんは中田さんに対して、「なぜ引退したかを聞かないでおこうと決めてた」と言っています。

「それは野暮だと思ったから」だと。

中田さんの心象風景にすべて分け入ることもできないし、言葉で聞いて次の質問に行くのも野暮。中田英寿さんがなぜ辞めたか分からないまま引きずろうと思った。という古舘さん。

そこで中田さんはこう答えています。

中田英寿:正解と言うとアレなんですけども、もちろん聞かれて、何となくというか、僕の短い言葉で伝えられるんですけど、でも絶対そこまでの思いっていうのはね伝わらないわけですよね。

で、多分その思いを理解するためには、古館さんが言われた通りに大分時間を経て、僕が実際サッカーを始めてから辞めるまでの時間と、その後の時間をきちんと見比べながら考えていくと、多分「あ、この人はこういう生き方の上の中で、その点があったんだな」って言うことを見ないと、やっぱり分かんないと思うんですよね。

僕も聞かれてしょうがなく伝えはしますけど、言葉の深みって色んなトーンがあると思うんですけど、やっぱり簡単には伝わらないと思うんですよね。

 

古舘さんはこのことに関して「本当にそう思う」と。

そして、「70まで現役をやった方が、もういいと思ってここで退くっていった時には、言葉っていうのはすごく有用な感じがしたんだけど、パッション、情熱とかも含めて、情熱の切り替わりみたいなことをパフォーマンスしてる人に対して、「なぜ切り替わるんだ?」って言っても、悪いけど、今後のパフォーマンスを見てもらうしかないって気がした」と。

で、その古舘さんの言葉に対して、中田さんはこう答えています。

中田英寿:初めてそう言ってくれた古館さんが、「あ、やっとなんとなくこう僕の、僕個人をちゃんと見てくれてるのかな」

どうしてもあの時点で辞めたっていう時には、サッカー選手としての僕だけしか見てないんですよ皆。

で、僕は中田英寿という人生を生きていく中で、その自分の生きてく中での決断であって、サッカー選手であることっていうのは僕の一部なんですよね。

そこの中で僕を一人の人間として見てない人も多分多くて、で、「サッカー選手って、普通やれたらやるもんでしょ?」。要はなんか、「人間は、行けるとこまでいけないといけないですよね?」っていうなんかすごい、一つの常識に縛られてる。ものでの質問だと思うんですよね。

 

分かってる同士の会話を聞いている。と思ってしまった。

・・・。分かるって言ったら分かる。

でも、その一点で見てしまう自分は確実にいます。「人間やれるとこまでやって」って思ってしまうし、そこに美学を感じちゃう。

芸能人でも友人でも、「あの人変わったよね」って話しちゃうこともある。

その内容の中に本質があるかどうかは別の話になっちゃう。だからみんな噂話が好きなんだろうな。

人として注目されているからこそそういった境遇や気持ちになるわけで、個人だったら気にしないでいいところなのかなぁ。とか。

有名って大変だわ。

あなたが中田英寿だからでしょ?っていう部分は大きいかもしれないんですが、こうしたいからこうしようって、誰にでもありますもんね。

有名って難儀だわぁ~。

何となく旅をしてない度100%

本籍も現住所もなくし、90ヶ国150都市を回ったという中田さん。

そのことに対し古館さんは、「これだけ街回ってたら、それぞれに思い出があったり忘れたりもあるかもしれないけど、パッと思い浮かんで、「あ、この町のあのシーンだけ忘れられない」っていう1個だけ教えて」という質問をしています。

中田英寿:それ、あのぉ・・・。どのシーンがサッカーの時に一番うれしかったかと同じで、僕らは負けた試合も勝った試合も覚えてます。そんだけ旅してても、基本的には覚えてるんですよね。どれも。

なんでかっていうのは、なんとなく旅をしてないから。

どの試合でどういう点を入れたかっていうのは、もちろん全部覚えてる。だって何となくやってないから。

と同じで、なんとなく旅をしている人と、意図を持って旅をしている人は、多分その、ディテールの覚え方が違うんですよね。

で僕は、意図をもってやってたんで、基本的にはやっぱ覚えてることは多いですよね。

これ一つって言われても、いっぱい出てくるんだけど。っていう。

 

古舘さんは自分のした質問に対して、「これは合わせてくれないんですね?」って言ってるんですが、「合わせませんねぇ」と笑って答える中田英寿さんもまたいい。

もう、ハッと思います。

私も旅行が好きで中田さんのように数十か国とか行ってるわけではありませんが、覚えてる旅と覚えてない旅がある。

意図かどうかは分からないけど、それは思い入れという言葉が合ってるようにも感じます。自分で企画したか人の計画に乗っかって行ったのかっていうのはかなり大きい部分ではあるかなぁとも思う。

目的とかっていう部分で見てもそうなのかもしれません。

例えば、その旅が目的になっちゃってるとけっこう覚えてなくて、その旅のコレっていう詳細があると覚えてるんですよね。

中田さんはサッカーに例えてましたけど、仕事も一緒だよな。とか、毎日の生活もそうかもな。とか。って気づく。

そして、「チコちゃんに叱られる」じゃないけど、「ボーっと生きてんじゃねぇよ!」って頭の中に響いてしまう。

人生の中でブレてない

古舘さんの質問に合わせない中田さんは、こうも言っています。

中田英寿:これは逆に言うと、さっきの質問と本当同じであって、僕がサッカーを辞めた後に「何で旅をしたんだ」とか、「何で日本を回った?」とか、「なんで工芸やってるんだ?」とか、「なんで日本酒やってるんだ?」とか、「なんで社会貢献やってるんだ?」とか。たくさんみんな聞くんですね。

それは、ポイントでしか僕を見てないからなんですよ。

僕の人生の中では基本的には僕はブレてないんですよ。だけどもみんなポイントで聞くから、なんでこのポイントでこれをやってるかは知らない。

じゃぁサッカーはみんな納得するのに、子供の頃から好きでやりましたが納得するのに、他のものに関しては理由がない限り認めないんですよ。

やっぱりみんな自分で理由を付けたい。

僕は好きでやって、で、好きだから軽い気持ちでやらないでとにかく追い込んでやった。それはサッカーでもそうだし、旅でも軽い気持ちでは行きませんと。追い込むからとにかく行くと。

それは全て共通であって、僕が生きていくうえでは何でも同じことで、好きなものは誰よりも一生懸命やるっていう事しかしてないに関わらず、物が変わると必ずみんなは「なんで?」って言うんですよね。

 

なんじゃ!?めちゃくちゃ格好いいな!!

サッカー選手中田英寿じゃなくて、人間中田英寿ってことなんだな。

っていうか、みんな、人間の私。なんですが、有名人は特に言われちゃうんだろうな。

生きてて疲れなかな?とか思っちゃったけどね。

スーツケース1個の日常

古舘さんはさらに質問します。

家はいらない、服はいるけども倉庫に預けっぱなし、住居も持たずに回ってるでしょ?本当にすなんですか?と。

中田英寿:元々は、やっぱりでも、色んな荷物必要だな~って思ってスーツケース2つ持ってたわけですよ。一番最初は。そうすると、どっちか1個無くなったりロストして遅れるとかやっぱあるんですよ。

で、最終的に自分の中ではスーツケース1個と、あとは機内持ち込みのカバン1個持って移動するのが、これが一番最良の旅行のしかただと。

逆に言うと3日でもそれでいいし、1ヶ月でもそれで行けます。

 

ここで古舘さんは「動く断捨離って初めて聞いた」と言ってて、笑ってしまった。

確かに断捨離だ。

中田英寿:でも、1ヶ月自分の洋服を考えても、そんなたくさんの種類着ないですよね。靴だって履きやすいものがあるじゃないですか。

で、必要だったら例えば買えるわけですよね。

実際自分が生きてくうえでは、必要なものって実は少ない。で、それを旅するとよくわかる。

で、食べるものも結局は、「日本食はなきゃ」とか「イタリアンなけらば」って言うんだけど、チョイスがない場合に気にもならなくなってくる。

実はそういう生活が、すごい楽しい。

 

ものすごく共感です。

旅に慣れてくると荷物は減るんです。というか、なぜあんなに心配して大量に靴下を持って行っていたのか?って今になると思ってしまいます。

以前はみそ汁のレトルトは絶対だったんですが、今は海外の人へのお土産となっています。

で、生活の中で必要なものとかも分かってくる。でも捨てない。もったいないから。次の旅に使えるな、とか思っちゃうから。

古舘さんの合いの手も良いです。

「普通って何が普通か分かりませんけど、ニューヨークに行くだけも、愛用の電気カミソリから使ってるアフターシェーブも全部っ持ってく人もいるんですよ。それに反して、一切そういうものを持たずに、バァ~っと風のように海外を動けるっていうのは、魂だけが動いてる感じがした」と。

また、アメリカの学者が言っていたという言葉も良かったです。

「日本で言う魂って言葉の由来。元々は風から来てるってご存知ですか?って。魂も目に見えない。風も感じるけど目には見えない。風のようなものなんですね魂は、移動するから」

日常と非日常

その例えの後に、「よく日常を切りましたね。」と言った古舘さんの質問に対して、

中田英寿:でも日常は、それは、経験して、非日常も日常になるわけですよね。非日常と日常を切ってるのは自分の意識なんですよ。

でも、非日常は日常になりうるわけですね。ずっとやってるから。それが日常なんですよ僕の。

じゃあ例えば、九州に行く感覚でアフリカにも行きます。僕にとって感覚は変わらないわけですよ。

 

古舘さん

「どっかのシーンで、日常だと思ってたけど、ちょっと非日常を感じて帰りたくなっちゃったとか、ちょっと切ない思いになったこととかなかったですか?」

と質問されています。

中田英寿:う~ん、正直なところで言うと、ないです。

ないんですけど、けど、その後僕、日本全国を7年かけて回ったんですね。日本を回ることと世界を回ることは、心に対する働きが違いますね。

やっぱり日本を回ってるときの方が、なんかこう、哀愁じゃないんだけど、「あ、やっぱりいいな」っていうのはより感じて、やっぱそれって、物とかじゃなくて環境なんですね。

車で日本国内を走ってて、山の中走ってるとか例えば海岸線走ってるとか、そういう時に感じるんですよ。

で、またそれが少し、「あ、ちょっと涼しくなってきたなぁ」とか「少し日の出早くなってきたなぁ」っていう、ちょっとした季節の変わるときにすごい感じますね。

 

旅じゃないけど、非日常が日常になることがありますよね。

例えば結婚がそうじゃないかと思うんです。結婚して子供ができてって、独身時代からしたら非日常なわけで、いつしか日常になっている。

そこには意識がないですもんね。

旅って言うとやっぱり非日常なんですが、中田さんは長く続けたからこそなのかもしれませんよね。

・・・でも、非日常だから旅は面白いんだとも私は思う。

雲が好き

中田英寿:あと雲。ぼく雲すっごいすきなんですけど~。

雲って、なんで、いつもできてるのかなぁって飛行機乗るたびに思うんですけど、雲って全く形がなく、で、また日本の雲も、ヨーロッパだったりアメリカの雲って多分同じ雲でも少し違うんですよね。

例えば雲って一つの場所にできるのかぁって思ったら、この部分ともっと上の部分にできてて、飛行機真ん中通ってて、雲って何なんだろうなぁって思いながら僕好きで。

 

あぁその感じ分かるな~って思ったんですが、古館さんの解説も納得してしまいました。

古舘さん

「雲っておっしゃるように、その現場に踏み込んでいけば霧であって、そんな形もまっ白でもないくせに、空一面でもなく地上という分かれ方もせず、あいまいな真ん中で媒介しているような、その辺に、自分の媒介するメンタリティーと重なるから好きなんじゃないの?」

それに対して中田さんは、「そこは絶対そうだと思います」と。

というか、さすが古舘さんだわ。っていう解説。

解説っていうか解読?

それにしてもその言い回しや表現力よ!お見事よ。

 

前回磯田先生のときもそうだったんですが、やっぱり心に響く人の言葉と言うのは、その人の本気かどうかにもあると感じてます。

中田英寿さんは、本気の人なんだなぁって、改めて感じた番組でした。