心にぐっとくる本

アラン【幸福論】名言は生活の中のヒントだ

こころにぐっとくる本

自分は幸せじゃない、幸せを求めたい、幸せとは何か、という事が頭の中にあるわけではありませんが、「楽観主義になるには」という事を思っていたらアランの幸福論に出会いました。

「幸福論」・・・。いや、幸福になりたいとかじゃないし。

そう思いつつ読んだ幸福論は、私が思っていたものとは違いました。

そもそも、雨風をしのげる場所に住んで、食べるものも着る服も困ることはなく、働く場所もあって働けているので、自分は幸せだと思っているんですが、そういう事でもなかった。いや、そういう事の考え方の本なのかな。

励ましや応援などの言葉が並んでいるわけでもなく、自己啓発でもなく、哲学的過ぎるわけでもなく。日常のちょっとした事のヒント的な本なのでしょうか。

「生きるヒント」というよりも、「生活の中のヒント」という感じがしました。まぁ、生活は生きるってことなんですがね・・・。

アランは「本物の不幸について書いていない」と。

「さしたる原因もなく不幸になっている人たち、自分の思い込みで不幸になっている人たち」とも。

幸福ということについて、こういった考え方もある。という具合に簡単に読むのが良いのかもしれません。

アランの【幸福論】とは

【アランのこと】

・アランの本名は、エミール=オーギュスト・シャルティエ。アランと言うのはペンネーム。
・1868年生まれ~19517年没。
・第一次世界大戦、第二次世界大戦を生きたフランスの哲学者・評論家。
・高等学校で教師として哲学を教えていた。
・第一次世界大戦は自ら志願。
・その後も教員として教える。

教員として働く傍ら、哲学、政治、美学、宗教、芸術、教育などのテーマで、新聞や雑誌に短い文章を書くようになり、第一次世界大戦までに3078編、その後約2000編、すべてで5000以上にもなる。その短い文章は「プロポ」と呼ばれ、大量のプロポのテーマの中で『幸福』について記したものが【幸福論】です。

アランの【幸福論】は、93の短い文章からなるものです。

プロポ(Propos sur bonheur)と呼ばれる、新しい形で新聞や雑誌に掲載した短い文章は、幸福論の「論」と言うよりも、「語録」「エッセイ」「随想」という言葉がふさわしいという解説もあります。「幸福についての語録」のように。

読んでいて「流れがあるなぁ」と思ったら、配列には主題があるそうです。

それは、その断章には番号が付いてはいるが、年代別の配列にはなっていなかったそう。そのプロポは修正もされていなかったとも言われているそうです。

【幸福論】として発表されてるものは、様々な媒体に発表した断章を取捨選択し、その後主題別にまとめたものです。

4~10は情念と想像力
13~15は不幸な出来事
22~25は運命
33~37は家庭
40~43は戦争
48~50は仕事と労働
55~63は悲しみと絶望
68~75は楽観主義
79~84は社会生活上の礼節
86~93は幸福についての本質

※宗左近さんの【幸福論】解説より

本によっては1章2章などと分かれているものもあるので分かりやすいものもありました。

1、不安と感情について
2、自分自身について
3、人生について
4、行動について
5、人とのかかわりについて
6、仕事について
7、幸せについて

※【アランの幸福論】(齋藤 慎子 訳)より

1、身体と心について
2、自分について
3、対人関係について
4、幸福について

※今こそ名著【幸福論】くじけない楽観主義(住友進 訳)より

日常のことや身近なことがテーマになっていて、納得することや「なるほど」と思うことがたくさんありました。

「これは覚えておきたいな」と言う部分に付箋を貼っていったら、本が付箋だらけになってしまった・・・(;・∀・)

名言をいくつか載せたいと思います。(1~4の章は住友進さんの翻訳本を参考に、本文は村井章子さんの翻訳を参考に)

【幸福論】1章 身体と心について

アランの幸福論は、一つのプロポごとにも題名が付いています。

1名馬ブケファロス/2刺激/3悲しいマリー/4神経衰弱/5憂鬱/6情念/7恐怖/8想像力/9想像力という病/10気で病む男/11医学/12ほほえみ/13事故/14悲劇/15死について/16仕草/17動作/18ひざまずく/19あくび/20不機嫌

プロポの1~20についていくつか

【1、名馬ブケファロス】

人間は性悪だなどと言ってはいけない。こんな性格なのだと決めつけてはいけない。ピンを探すことだ。

ピンとは原因のこと。

【3、悲しいマリー】

どんな水瓶にも把手が二つあるようにものごとには二つの面がある、と賢者が語ったとおり、同じことでももうだめだと思えばだめになるし、大丈夫、元気を出そうと思えば大丈夫なものだ。しあわせになろうとする努力はけっして無駄にはならない。

こういう想像力の病には、つける薬がない。どれほどすばらしい出来事がほほえみかけても、不幸な人間には効き目がないのである。幸福でいることには、一般に考えられている以上に意志の力が働いている。

1週間ごとに陽気になったり無気力になったりするマリーと言う女性の話なんですが、無気力で何も興味がわかないときは、「自分なんて」と思ってしまうんです。

躁鬱のその原因は血液が多いか少ないかだった。ということなんですが、気分の浮き沈みは自分ではどうすることもできないこともある。しかし、それを知っているだけでも情念に支配されないだろう。という話。

「悲しいマリー」を読んで、ホンマでっか!TVで植木先生が言っていたことを思い出しました。

雨の日に体に不調が出たり気分が落ち込むとき、天候のせいにできる人は幸せです。と。曜日だったかな?〇曜日は調子が悪い。と曜日のせいにする人。

つまり、自分のせいにしないで天気(曜日)のせいにすることで自分をせめないわけで、鬱になりにくいんだそう。

体調や気分の原因とは異なりますが、自分のせいではないと思えることが良いのかもしれない。

【4、神経衰弱】

幸福になる理由や不幸になる理由にたいした意味はない。すべては身体の調子にかかっている。

望みの幸福はいくらでも作り出せる。

【10、気で病む男】

始めから周囲の人やもののせいにせず、まずは自分の側で解決してみることだ。

不機嫌に対しては、笑うことが効果的である。だがそんなものに効果があると思う人はいないらしく、誰も試そうとしない。

【12、ほほえみ】

不機嫌は結果であるばかりでなく、原因でもある。

不機嫌に立ち向かうとき、知性は無力であり、ほとんど役に立たない。

【20、不機嫌】

成功したから満足しているのではない、満足しているから成功したのだ

 

気分が下がったり不機嫌になるには原因があり、その原因を知っていると楽になる。身体からくる気分の変化は原因が分かっているから対処しやすい。

思いこむ力って強いと思うんですが、アランは「想像力」と言う言葉を使っています。その想像がマイナスに偏る時、体にも悪影響してしまう。

怒りや不機嫌の時は体の筋肉もこわばっているから、体をほぐすこと。正しい姿勢をとること。そして、不機嫌に対して、ほほ笑むことは礼儀作法なんだと。

心と体は密接につながっているんだという事がわかる1章です。

【幸福論】2章 自分について

21性格/22運命/23予兆/24自分の未来/25占い/26ヘラクレス/27楡の木/28野心家に与える言葉/29運命について/30習慣/31大草原にて/32近所付き合いを巡る情念/33家庭/34心づかい/35家庭の平和/36家庭生活/37夫婦/38倦怠/39速力/40賭け/41期待/42行動/43行動する人/44ディオゲネス/45エゴイスト/46王様は退屈する/47アリストテレス/48幸福な農夫/49労働/50着手

プロポの21~50についていくつか

【21、性格】

他人を許すには、まずは自分を許すことが大事である。それをせずに際限なく後悔していると、つい他人のあらを誇大に考えやすい。

【23、予兆】

大事なのは、ものごとを整理し、簡単にし、切り捨てることである。

断捨離ですかね。

敏感になり過ぎていることを「森羅万象」という大きなことを用いて説明していますが、だからつまり、断捨離なんでしょう。

洋服や物の断捨離も流行っていますが、情報過多な現代社会で情報や考えも断捨離できると最近はすごく思っています。

1回、色々な情報を断捨離してみると良いかもしれませんよ。必要なことはないかが分かるかもしれない。

【26、ヘラクレス】

世の中はうまくできていて、自分の外に理由を探す人はけっして満足を得られないのに対し、自分の過ちを率直に認め「自分がばかだった」と言える人は、その経験から学び、前向きで強い自分を取り戻す。

【27、楡の木】

想像力とはすごいものだ。君は戦わないうちに負けている。自分の手の届かないところまで考えない方がいい。問題の途方もない大きさと人間の無力さを考え始めたら、何もできやしない。だからまず一歩を踏み出すことだ。自分に何ができるか考えることだ。

運命は移ろいやすいもので、小さなきっかけで新しい世界が開けたりする。どんな小さなことも、やってみれば次から次へと続きが起きる。

色々考えすぎて行動を起こさない友人に向けたアランの言葉ですが、うじうじしてる時に「そうだよね」ってなる言葉です。

【29、運命について】

あれがない、これもないと文句を言う人が多いが、欲しいものが手に入らないほんとうの原因は、ほんとうに望まなかったせいであることが多い。

文句を言うわけじゃないけど、夢があったよなぁとか、こうだったらよかったよなぁ、って思うことってあると思うんです。

やるべきだった小さなことをやったか、やろうとしたか。それはどれくらい本気だったか。

そんなことを考えてしまいました。

【30、習慣】

一度でも絶望を味わうと、思い込みが確信に変わり、強固な主張となって、もはや和らげることはできない。

習慣は偶像のようなもので、こちらが従うから威力を発揮するのだ。考えられないことはできないのだと思ってしまうと、いつまでも習慣から逃れられない。想像力は習慣の枠から飛び出さないことによって、私たちを操る。だから、想像で発明をすることはできない。発明を生むのは行動だ。

【40、賭け】

平凡でもおだやかで波風のない人生がよい。と人はよく忠告する。だが、そういう平凡な人生を送るためにはたくさんの知恵が必要なのだ、という忠告は十分になされていない。

【42、行動】

人間は自ら行動したいのであって、与えられたものを耐え忍びたいのではない。

スポーツ選手が自ら苦しい練習をするからこそ快楽がある。棚から牡丹餅ではなく自ら苦労するからこそ快楽や幸福と言う。

ディオゲネスでは登山にも例えられています。

【44、ディオゲネス】

人間は、あてがわれた楽しみには退屈するのであって、苦労して勝ちとった楽しみが大好きなのである。そしてそれ以上に行動して勝ちとるものが好きで、耐え忍ぶのは好きではない。だから、行動を伴わない快楽よりも行動を伴う苦痛を選ぶ。

頂上まで電車で運ばれるより、自分の足で頂上に行って景色を見た登山の方が喜びは大きいと。

仕事にしても勉強にしても、与えられたものではなく、自分で考えて認められたことの方が感動はしますよね。

だからこそ、「行動しよう」ってことなんじゃないかと思います。

【47、アリストテレス】

幸福はいつも逃げて行くと言われる。与えられた幸福なら、たしかにそうにちがいない。そもそも人から与えられる幸福など存在しない。だが、自分から作り出した幸福はけっして裏切らない。それは学ぶことである。

【50、着手】

怠け者は「そのうちやるさ」と言う。だが言うべき言葉は「いまやる」である。行動すれば未来が始まる。

林先生!

1章に引き続き考え方などにも触れていますが、周りの考えで自分がどう行動するか。自分はどうあるべきか。体を動かすことと同様に、行動することの大切さ。というのが2章なのかな。

【幸福論】3章 対人関係について

51遠くを見よ/52旅/53短刀の曲芸/54大げさな物言い/55泣き言/56雄弁な情念/57絶望/58憐憫/59他人の不幸/60慰め/61死者の祭礼/62自ら災いを招く人/63雨が降ったら/64熱狂/65エピクテトス/66ストア派/67汝自らを知れ/68楽観主義/69解きほぐす/70忍耐

プロポの51~70についていくつか

【51、遠くを見よ】

憂鬱になった人に私が言えるのは、一言しかない。「遠くを見なさい」ということだ。

ほんとうの意味での知るとは、目のすぐ近くにある小さなものを知ることではない。知るとは、どんな小さなものも万物と結びついているのだと理解することである。

【53、短刀の曲芸】

こんな風に自分を苦しめている人たちに、私は言おう。今のことを考えなさい。生きる歩みはこの一瞬、次の一瞬と続き、どの一瞬のあとにも次の一瞬が来る。君はいま生きているのだから、これからも生きて行ける。

【55、泣き言】

喜びは若すぎて権威がない。一方、悲しみは長いこと王座に君臨し、尊敬されすぎている。

【57、絶望】

強い人間とは、自分がいまどこにいるのか、何が起きたのか、もう取り返しがつかないことはどれかをしっかりと見つめ、そこから未来へ向かって歩き出すことができる人である。だがこれはそう簡単ではない。小さなことでよく慣れておくとよい。

考えが堂々巡りする。だから苦しい。どうしたら良いか分からない問題はたくさんあるが諦めると良い。と、アランはバッサリと言い切っています。

道を後戻りすることもできないし、同じ道をやり直すこともできない。と。

分かってはいるけれど、普通はなかなかそれができない。これがアランが楽観主義と言われるところなのかもしれません。

後悔とは過ちをもう一度繰り返すことだ

【66、ストア派】

しあわせになる秘訣の一つは、自分の不機嫌に無関心になることではないだろうか。

【68、楽観主義】

未来には、作られる未来と作る未来があり、現実の未来はこの二つから成り立っている。

人間自身が作り出した秩序においては、信頼は事実の一部であり、自分が自分を信じなかったら自分をひどく貶めることになる。失敗すると思えば失敗し、無力だと思えば何もできず、望みは叶わないと思えば叶わないのだ。

【69、解きほぐす】

信じて、希望を持って、ほほ笑みながら、取り組まなければならない。揺るぎない楽観主義を大原則として守っていないと、たちどころに暗い悲観主義が幅を利かす。

【幸福論】4章 幸福について

71親愛の情/72悪口/73上機嫌/74健康法/75精神の健康/76人生最初の愛の賛歌/77友情/78優柔不断/79儀式/80信念/81祝福/82礼儀/83処世術/84喜ばせる/85名医プラトン/86健康を保つ技術/87勝利/88詩人/89幸福は徳である/90幸福は寛大である/91幸福になる技術/92幸福であるという義務/93幸福になるという誓い

プロポの71~93についていくつか

【77、友情】

幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ。

これはアランの名言としても選ばれることの多い言葉ですが、赤ちゃんのことを例えています。

しかし、赤ちゃんに限らず、友の喜びが自分の喜びになり、自分の喜びも友の喜びになること。喜びは伝染するということ。喜びや笑うことだけではなく、愛も同じで、それを忘れてはいけない。ってことでしょうか。

【87、勝利】

幸福は、探しはじめたとたんに見つけられないことが決まってしまう。

【90、幸福は寛大である】

幸福になろうと心に決め、そのために本気で取り組まなければならない。どっちつかずの傍観者を装い、扉を開いてただ幸福を待っているだけでは、きっと悲しみが入ってくるだろう。

私たちは、他人の幸福を考えなければならない。だが愛してくれる人のためになしうる最善のことは、自ら幸福になることなのである。このことは、あまり理解されていない。

【93、幸福になるという誓い】

悲観主義は気分に、楽観主義は意思による。

まとめ

不安、心配、不機嫌、恐怖、怒り、憂うつなど、心の問題(脳の問題)が体に影響すること。そして、それらをどう解決するか。

脳が感じたことは体に出る。不眠が続き血流が悪くなる。だから身体から変えていく。もしくは脳(考え方)から変えていく。

想像力、習慣、礼儀、ただ「望む」だけではダメなこと。本当に欲しかったり手に入れたいものには努力すること。

忙しくしていると忘れてしまうことってあるよなぁ。ついつい気分に任せてしまうこともあるよなぁ。習慣化することって大切だよなぁ。と、今一度見直せる本でした。